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釧路地方裁判所 昭和60年(カ)1号 中間判決

再審原告(当庁昭和五九年(手ワ)第四五号約束手形金請求事件被告)

株式会社スペース・イン・ジャパン

(旧商号)

屈斜路湖観光株式会社

右代表者代表取締役

渡辺栄一

再審被告(当庁昭和五九年(手ワ)第四五号約束手形金請求事件原告)

丸一企業株式会社

右代表者代表取締役

中村哲雄

右訴訟代理人弁護士

鈴木悦郎

主文

本件再審請求は再審事由がある。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  再審請求の趣旨

1  当裁判所が当庁昭和五九年(手ワ)第四五号約束手形金請求事件について昭和六〇年七月一五日に言渡した手形判決を取消す。

2  右事件における原告(再審被告)の請求を棄却する。

3  右事件の訴訟費用及び本件再審の訴訟費用は右事件の原告(再審被告)の負担とする。

二  再審請求の趣旨に対する答弁

本件再審請求を却下する。

第二  当事者の主張

一  再審請求について

1  再審原告の主張

(一) 再審被告を原告、再審原告を被告とする当庁昭和五九年(手ワ)第四五号約束手形金請求事件(以下、「本案事件」という。)について、当裁判所は、昭和六〇年七月一五日、

「一 被告(再審原告。以下、「再審被告」という。)は原告(再審被告。以下、「再審被告」という。)に対し、金四〇〇〇万円及び内金二〇〇〇万円に対する昭和五九年四月一五日から、内金一〇〇〇万円に対する同年七月一日から、内金一〇〇〇万円に対する同年八月三一日から各完済まで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は再審原告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。」

との手形判決(以下、「原判決」という。)を言渡し、原判決は同月三一日再審原告にその正本が送達されたこととされ、同年八月一五日異議申立期間満了により確定した。

(二) しかし、再審原告代表者渡辺栄一は、原判決の判決正本を受領していないことはもとより、訴状はじめ口頭弁論期日呼出状等の訴訟書類も受領したことはなく、本案事件が係属していることを全く知らなかつた。右渡辺に対して各訴訟書類が交付された旨の郵便送達報告書に押捺されている印影は渡辺のものではなく、第三者が渡辺と詐称して各訴訟書類を受領していたものである。

(三) ところで、渡辺は、昭和六〇年九月二七日横浜地方法務局川和出張所へ再審原告所有の土地登記簿謄本を取りに行つたところ、右土地が差押を受けており、強制競売が開始されていることを知り、翌二八日に競売事件の係属している横浜地方裁判所に赴いて、原判決が下されていることを知つた。そこで、さらに事実関係を調べ、とるべき手段を検討したが、再審請求以外に原判決の効力を争う方法がないことが分かり、再審原告は再審申立期間内に本件請求をした。

(四) 以上のとおり、本件請求は適法なものである上、本案事件の訴訟書類がすべて第三者により受領されてしまい再審原告に送達されないままで判決が確定したものであるから、これは民事訴訟法四二〇条一項三号の再審事由に該当するというべきである。

よつて、再審原告は、原判決の取消を求める。

2 再審原告の主張に対する認否

(一) 再審原告の主張(一)は認めるが、その余は知らない。

(二) 再審原告の主張(二)は、適法な再審事由にはあたらない。

二  本案請求について

1  請求原因(再審被告)

(一) 再審原告は、左記の約束手形四通を振出した。

(1)金 額 金一〇〇〇万円

満 期 昭和五九年四月一五日

支払地 釧路市

支払場所 釧路信用金庫本店

振出地 釧路市

振出日 昭和五六年七月五日

受取人 椎名義美

(2)金 額 金一〇〇〇万円

満 期 昭和五九年四月一五日

支払地 釧路市

支払場所 釧路信用金庫本店

振出地 釧路市

振出日 昭和五六年七月五日

受取人 椎名義美

(3)金 額 金一〇〇〇万円

満 期 昭和五九年七月一日

支払地 釧路市

支払場所 釧路信用金庫本店

振出地 釧路市

振出日 昭和五六年七月二一日

受取人 椎名義美

(4)金 額 金一〇〇〇万円

満 期 昭和五九年八月三一日

支払地 釧路市

支払場所 釧路信用金庫本店

振出地 釧路市

振出日 昭和五六年六月五日

受取人 椎名義美

(二) 再審被告は、右手形四通を現に所持しているが、右各手形はいずれもその裏書欄には第一裏書人椎名義美の記載があり、第一被裏書人欄は白地である。

(三) 再審被告は、右手形四通を支払期間内に支払場所に支払呈示したが支払を拒絶された。

(四) よつて、再審被告は再審原告に対し、右約束手形金四〇〇〇万円とこれに対する内金二〇〇〇万円については、昭和五九年四月一五日から、内金一〇〇〇万円については、昭和五九年七月一日から、内金一〇〇〇万円については、昭和五九年八月三一日から、それぞれ完済まで年六分の割合による利息金の支払を求める。

2  請求原因に対する認否と主張(再審原告)

(一) 請求原因各事実は、いずれも知らない。

(二) 本件各約束手形は、いずれも振出権限を有しない椎名義美が再審原告会社(旧商号の時期)の印章を冒用して振出した偽造のもので、原因関係を欠くものであつて、再審被告はこれを知りながら交付を受けたものである。

第三  証拠〈証拠〉

理由

一当事者の求める裁判は、事実第一のとおりであるが、当裁判所は、本件事案の性質に鑑み、本件手続の整序を図るため、本件再審請求が適法であるか否か及び再審事由を具備するものか否かにつき、中間的に判断することとする。

二訴えの適法要件について

まず、本件再審請求が適法なものかどうかにつき判断する。

再審原告の主張(一)は、弁論の全趣旨により明らかであるから、本件再審の対象となる原判決は、昭和六〇年八月一五日確定した終局判決であり、再審原告代表者渡辺栄一本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、渡辺は昭和六〇年九月二七日横浜地方法務局川和出張所へ再審原告所有の土地登記簿謄本を取りに行つた際、二筆の土地について再審被告を申立人とし、「昭和六〇年九月四日横浜地方裁判所強制競売開始決定」を原因とする差押登記がされていることを発見し、翌二八日横浜地方裁判所に赴いて調査した結果、原判決の存在を知るに至つたことが認められるところ、本件記録に徴すれば、渡辺が当裁判所に対し昭和六〇年一〇月一一日受付けられた書面で再審請求をしていることは明らかであるから(なお、渡辺の一連の訴訟行為に鑑み、渡辺が再審原告代表者として右請求をしたものと評価することができる。)、本件再審請求は再審期間を遵守しているものということができる。また、再審原告が、本件再審事由として主張するところは、本案事件の訴訟書類がすべて第三者により受領されて再審原告に送達されないままで応訴の機会が与えられることなく原判決が確定したというものであるところ、右のような場合には、民事訴訟法四二〇条一項三号にいわゆる代理権等の欠缺があつた場合に準じて再審事由が認められるというべきであるから、本件再審請求は法定の再審事由が主張されているものということができる。

以上によれば、本件再審請求は、訴えの適法要件を具備する適法なものである。

三再審事由について

1  次に、本件再審請求が再審事由を備えているかどうかについて判断する。

2  本案の一件記録によれば、次の事実が認められ、これに反する証拠はない。

(一)  昭和五九年一二月二五日再審原告及び椎名義美を共同被告とする本案事件の訴状が当庁に提出されたが、同訴状は答弁書催告状、口頭弁論期日呼出状、甲第一号証ないし第四号証等と共に、再審原告に対して、昭和六〇年一月二二日一四時に再審原告本店所在地である「東京都新宿区新宿一丁目一〇番二号」において再審原告代表者渡辺本人に交付されることにより送達された旨の郵便送達報告書が作成されている。

(二)  本案事件は、昭和六〇年二月二〇日午前一〇時再審原告代表者不出頭のまま弁論が終結され、判決言渡期日はおつて指定とされたが、同年六月二六日同期日は同年七月一五日午後一時一五分と指定された。

右判決言渡期日呼出状は、再審原告に対して、同年七月一日一五時五〇分に前記再審原告本店所在地において再審原告代表者渡辺本人に交付されることにより送達された旨の郵便送達報告書が作成されている。

(三)  原判決は、右判決言渡期日に判決原本に基づき言渡され、右判決正本は、昭和六〇年七月三一日前記再審原告本店所在地において再審原告代表者渡辺本人に交付されることにより送達された旨の郵便送達報告書が作成されている。

右事実によれば、本案事件の訴訟書類は、いずれも再審原告本店所在地において、その代表者である渡辺本人に交付されることにより再審原告に送達されているもので、右送達は適法であり、本案事件には何ら再審事由が存しないものといわざるを得ないごとくである。

3  しかしながら、再審原告は、同代表者渡辺に本案事件の訴訟書類が交付されたことはなく、したがつて、再審原告に右訴訟書類が送達されてはいない旨主張しているものであるところ、前記のとおり、本件各郵便送達報告書には、いずれも本案事件の訴訟書類は再審原告代表者である渡辺に交付されることにより再審原告に送達された旨の記載があるのであるから、再審原告の主張事実が認められれば、右渡辺以外の何者かが渡辺と詐称して各訴訟書類の交付を受けたものというほかはなく、そうとすれば、そのことにより訴訟書類がすべて再審原告には送達されないままで原判決が確定したことになり、前記のとおり民事訴訟法四二〇条一項三号に準じて再審事由が認められることになる。そうすると、本件で問題とされる再審事由の存否いかんは、まさに、再審原告代表者である渡辺が本案事件の訴訟書類の交付を受けていたかどうかによつて決せられることになる(もつとも、本件で問題となる各送達については、再審原告の本店所在地でなされているものであるから、事理を弁識しうる事務員に対して交付することによる補充送達がされる余地もあつたが、各郵便送達報告書による限り事務員に交付されたものとされてはおらず、本件各送達が事務員に対する補充送達として適法有効である旨の主張もされていない本件においては、結局、同報告書のとおり再審原告代表者渡辺に交付されたか否かが問題とされなければならない。)。したがつて、以下では、右の点について検討することとする。

4  〈証拠〉によれば、次の事実が認められ、これを左右するに足りる証拠はない。

(一)  再審原告は、屈斜路湖観光株式会社(登記上の本店所在地釧路市錦町四丁目九番地)が、昭和五九年八月三〇日東京都新宿区新宿一丁目一〇番二号に本店を移転し(同年九月八日登記)、同年九月一九日商号を株式会社スペース・イン・ジャパンと変更した(同年九月二〇日登記)法人である。

(二)  再審原告代表者代表取締役渡辺栄一は、株式会社エヌ・ティ・シー東京という名称の宝石の輸入販売を業とする会社を経営しているものであるが、昭和五九年三月ないし四月ころ、自己の取引先である遠藤満から椎名義美を紹介された。椎名は、渡辺に対し休眠会社である屈斜路湖観光株式会社を利用して鎧、兜などの骨董品を展示する博物館を経営しようと持ち掛けたところ、渡辺はこれを承諾し、前記のとおり同会社の本店所在地の移転、商号変更をした上、昭和五九年九月一九日渡辺と椎名が再審原告会社の代表取締役に就任した(同年九月二〇日登記)。その際、渡辺は、屈斜路湖観光株式会社の債務の有無を椎名に確かめたが、椎名は債務はなく、仮にあつたとしても自分が責任を負う旨確約した。

(三)  渡辺としては再審原告の営業活動につき格別具体的な計画があつたわけではなく、当面は椎名の活動に期待していたので、再審原告の従業員を新規に雇い入れることもなく、その事務所も椎名及びその本人が別に経営する東京日栄商事株式会社の事務所に同居する形とし、そのことから再審原告の本店所在地も前記場所と定めたものであつた。

(四)  そのようなことから、再審原告の事業活動は本格的に開始されてはいなかつたが、その準備活動については椎名に事実上委ねられていた。一方、渡辺は新宿の事務所には出入りすることはなく、印鑑を託したことも、事務員を置くこともなく、必要があれば椎名の方から渡辺に対して電話連絡をするという形であつた。また、実際にも昭和五九年秋から昭和六〇年七、八月ころまでの間当初話のあつた骨董品の博物館設立の件は進展せず、椎名が持ち込む土地売買による儲け話が出たりしたもののそれが現実化することもなかつた。また、この間椎名は昭和六〇年二月一日再審原告の代表取締役を辞任し(同年四月四日登記)、渡辺のみが代表取締役となつたが、その後も椎名は新宿の事務所に出入りするとともに、渡辺に対して土地売買の話を持ち掛けたりしていたところ、昭和六〇年八月末ころ行方をくらまし、所在不明となつた。

右事実によれば、再審原告の前身である屈斜路湖観光株式会社に債務は全く存しないという話で渡辺を再審原告代表者に就任させた椎名ないしその意を受けた者が、昭和六〇年一月二二日再審原告の登記簿上の本店所在地となつている新宿の事務所において本案事件の訴状等訴訟書類を渡辺の名前で交付を受け、本案事件の係属を知つたが、前記の事情からこれを渡辺に知られるのは具合が悪いから、あえて渡辺にこれを秘匿したまま、以後、昭和六〇年七月一日判決言渡期日呼出状を、同月三一日原判決の正本をいずれも渡辺の名前を詐称して交付を受けたのではないかという疑いをさしはさむ余地は十分ある。このことに加えて、本件各郵便送達報告書に押捺されている「渡辺」という印章をみるといずれも市販のどこでも購入できるいわゆる三文判と目されるものであること、しかも昭和六〇年一月二二日の郵便送達報告書に押捺されている印章と昭和六〇年七月一日及び同月三一日の各郵便送達報告書に押捺されている印章とは異なるものであること(このこと自体、渡辺が各訴訟書類の交付を受けていたとすれば不自然なことである。)及び前記二で認定したとおりの原判決の存在を知つてからの再審原告代表者渡辺本人のとつた措置及び行動、前記(四)で認定したとおりの再審原告の活動の実態を併せ考えると、渡辺に対して本案事件の各訴訟書類は三通の郵便送達報告書記載の日時場所において交付されてはいないし、その後渡辺が右訴訟書類を手交される等これを了知し得る状態にもなつていないものと推認することができるというべきである。

なお、昭和六〇年一月二二日に本案事件の訴状等の交付を受けたのが椎名であるとすれば、同人は右時点では渡辺と共に再審原告代表者のひとりであつたのであるから、椎名が渡辺の名前を詐称して右訴訟書類の交付を受けていたとしても、民事訴訟法一六六条の趣旨に鑑み送達それ自体は適法なものと解する余地がある。しかしながら、右交付を受けたのが椎名であるのか、その意を受けた者であるのか(椎名の意を受けた者は再審原告代表者ではないから本案事件の訴状等につき交付送達を受領する権限を有しないことは明らかである。)、あるいはそれ以外の第三者であるのかは、椎名ないしその意を受けた者である可能性が高いものの、本件全資料によつてもこれを確定することはできないのである。そうすると、結局、昭和六〇年一月二二日における右訴状等の送達についても、再審原告に送達されたという効力を生じさせる適法なものということはできない。

5 以上によれば、本案事件の訴訟書類がすべて第三者により受領されて再審原告代表者渡辺本人には交付されず、したがつて再審原告には送達されなかつたため、再審原告が応訴して攻撃防御を尽くす機会が全く奪われてしまい知らない間に再審原告敗訴の原判決が確定したものというほかはない。かかる場合については、前記のとおり民事訴訟法四二〇条一項三号に準じて再審事由の存在を肯定することができるものである。

四結論

以上の次第で、本件再審請求には再審事由があることが認められるから、その旨宣言することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官加藤新太郎)

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